小富士山の大名墓

小富士山の大名墓にTさんと行ってきました。岡藩の八代藩主中川久貞公の墓所があります。久貞公は寛保3年(1743年)松平家から養子に来ました。
久貞公は寛政2年(1790年)に亡くなりますが、遺言により小富士山に御霊屋(おたまや)を作り葬ることになったわけです。
この人は3代の久清公(入山公)を大変尊敬しており、久清公が大船山の中腹に御霊屋を作り葬られたのにならったものです。
墓の形式は儒教を信奉していたために墓碑の後ろに馬鬣封〔ばりょうほう〕と呼ばれるかまぼこ状の大きな岩があります。
この形式は小富士山に行く途中の保全地山にある家老の中川久豊・久虎のお墓と近所にある中川監物久照の墓にも小ぶりですが馬鬣封があります。
見晴らしもよく景色は良いところですが、一部未舗装が残る道路を整備すると、もっとたくさんの人が来れるところになるのではないかと思います。
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by hirose580 | 2018-04-17 09:10 | 歴史 | Trackback | Comments(0)
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