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七つ森古墳のヒガンバナ

9月24日ヒガンバナで有名な七つ森古墳に行ってきました。
まだ満開だと予想していきましたがすでに満開の時期は過ぎておりました。
それでも駐車場にはたくさんの見物客が来ており、なかなか見ごたえのある風景でした。
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by hirose580 | 2011-09-28 21:14 | その他 | Trackback | Comments(0)

朝地アマチュア美術展

朝地アマチュア美術展が9月3日から始まりました。今年で24回目です。今まで毎年友達の作品ばかり眺めておりましたが、今年は一念発起20号の作品を出品することにしました。廃屋です。初めての20号作品です。
そもそも廃屋を描こうと思ったのは県南のとあるところで、あたり一帯がすべて廃屋となったような場所を見たことです。
挙家離村とでもいうようなその光景は、辺鄙な場所なるがゆえに、住み慣れた家を捨てて町へ出て行ったであろうと思われる光景でした。
いま各地で限界集落という言葉で集落の機能を失う危機が叫ばれていますが、すでのそれを通り越した消滅集落とでも形容するような集落です。
あと10年もすると、これらの家は形もなく朽ちていくのではないかと思われました。
10年前には各家々からにぎやかな子供の声が聞こえていたのではないか、それが、今この光景は、まことにさびしい限りです。そこでまず10号で作品を仕上げました。
続いて20号にとりかかったのですが、思うような絵になりません。比べると10号の作品のほうがずっと良いのです。
そこで描くのをしばらくやめてイーゼルに立てかけたまま数か月放っておきました。
それから気が向いたときに少しずつ手を入れて少しずつ、少しずつ描いていきました。そのうちだんだん絵らしくなってきました。
先生のアドバイスをいただいて背景をかなり省略し、ようやく描き上げたのは最初に訪問してから1年がたっていました。
この初めて出品した絵が入賞するとは思ってもみなかったのですが、賞をいただいてうれしく思っています。
これを契機に更なる飛躍を目指して頑張りたいと思っています。
出品された沢山の作品の中から素晴らしい作品を並べてみました。どれも私の絵など比較にならないほどうまい絵が多いのです。
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by hirose580 | 2011-09-21 17:09 | 絵画 | Trackback | Comments(2)

緒方三郎惟栄を顕彰する会現地研修会

8月27日久方ぶりの晴天になり、現地研修会を実施しました。参加者は40名となりましたが、体調不良そのほかで3名が参加を取りやめましたので総勢37名となりました。
当初30名程度と予測していましたから37名の参加は大変な盛況でうれしい限りです。
大型バスに乗り込んで8時佐伯市に向けて出発しました。
途中、清川の神楽会館で4名乗車しました。9時過ぎに佐伯文化会館に到着、さっそく佐伯史談会の久保会長のごあいさつに続いて史談会の佐藤巧さんの講演です。
佐藤巧さんからは中世大神氏系図を中心に大神一族の成り立ちから緒方三郎惟栄や、そのいとこにあたる大神惟安(佐伯三郎左衛門尉)からの佐伯氏の系譜について、その豊富な学識と経験から詳しく説明していただきました。
全国の佐伯氏の系譜調査を行い「絵巻栂牟礼実録」という本を出版されていますし、そのほか祖母岳大明神縁起という冊子を発行されております。
ついで小野英治さんから毛利氏と佐伯築城城下町の形成について初代毛利高政のお話を聞きました。
その後史談会の皆さんの案内で佐伯の城下町を散策しました。
佐伯毛利藩は2万石でしたが、「佐伯の殿様浦でもつ」といわれるぐらいリアス式海岸の豊後水道に面した佐伯は魚介類の宝庫で海産物による運上銀が多く、実質4万石ぐらいの実力があったとか
特に8代の毛利高標(たかすえ)公は藩校である四教堂を創設し、佐伯文庫8万巻を設けて藩士の教育に力を注いだ名君でした。
市内の三の丸櫓門から養賢寺までの武家屋敷通には由緒ある建物が並んでいます。
土屋邸は江戸時代から続く名家で家の構え池を持つ美しい庭園などがあり、白い土塀と「薬医門」と呼ばれる武家屋敷の門があり、そのほか三義井(さんぎせい)といわれる3つの井戸これは藩医今泉玄甫が飲み水に苦しむ城下の人々に3つの井戸を寄付して作ったものです。
明治の文豪国木田独歩も佐伯に居住したことがあり、佐伯を題材にした小説もありますが、これを記念して国木田独歩館では当時の資料などを展示しています。
最後に毛利藩の菩提寺養賢寺です。臨済宗妙心寺派のお寺でその裏山に毛利藩の歴代藩主や夫人子供などの花崗岩で作られた五輪塔(墓塔)があります。
昼食にはさくら亭で海鮮丼をいただきました。せっかく佐伯に来たのですからおいしいお魚を食べなきゃということです。大変おいしい海鮮丼でした。
その後海の市場まるに行きお魚を買い最後の研修であります上岡十三重の塔に行きました。ここは鎌倉時代の作で銘がないのですが県指定文化財に登録されており、中世この地に拠っていた佐伯氏一族の供養塔と考えられています。ここまで佐伯史談会の役員の皆さんがつきっきりで説明をしていただきました。本当にありがたく、心からお礼申し上げます。大変有意義な現地研修会となりました。
史談会の皆さんありがとうございました。
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by hirose580 | 2011-09-02 08:26 | 緒方三郎惟栄 | Trackback | Comments(0)